辞は達するのみ。
知っている方は当然のように知っている言葉かもしれませんが、恥ずかしながらつい最近、この言葉を知りました。
「辞は達するのみ」とは?
「辞は達するのみ」とは論語に書かれている言葉で
言葉は意味が伝わることが大切
というのが直接的な意味らしいです。
論語を専門的に勉強したわけでもなく、習ったわけでもないのではっきりしたことは分かりませんが、どうやら複数の解釈ができるようです。
・言葉はその意味を十分に伝えることが大切
・言葉は意味が通じさえすればそれで良い(十分)
若干ニュアンスが違いますが、「分かりやすく伝えること大切」というのが根底にあるという意味では、どちらも同じなのかなと感じています。
コミュニケーションの難しさ
この「辞は達するのみ」という言葉が頭に残ったのは、つい最近も「コミュニケーションは難しい」と感じることがいろいろとあったからです。
・しっかりと伝えたはずのことが、実際には伝わっていなかった。
・会話を通じてお互いに理解したはずが、それぞれの理解が異なっていた。
・キツイ表現にならないように気をつかいすぎて、真意が伝わらなかった。
このようなことがあると、やはり難しいなと感じるとともにすこし凹みます。
その後、きちんとコミュニケーションが取れれば問題ないですが、ミスコミュニケーションのせいで、業務が遅れたりしてしまうと、その遅れを取り戻すのは容易ではありません。
結果的に、思った通りのタイミングで仕事を仕上げられないということになりかねません。
また、会話に限らずメールでのコミュニケーションでも同じようなことが言えます。
自分宛てに届いたメールを見て
・文章が長い
・表現がまわりくどい
・必要以上に丁寧な言葉が使われていて読みにくい
・結局なにが言いたいのかが分かりにくい
このように感じたことがある方は多いと思います。
相手に必要な情報を伝えるための文章(ある程度長さが必要)であれば仕方ありませんが、
・1文を短く区切る
・概要と補足説明を分ける
・修飾語や表現を分かりやすくする
など、工夫の余地はあるのではないでしょうか。
「丁寧に伝えたい」「だから長くなってしまう」という気持ちは分かりますが、読み手の立場に立って、読む気がしない、意味がよく分からないという文章は避けなければいけません(自戒をこめて)。
相手に合わせて対応を変える
「辞は達するのみ」を改めて実践しようとする場合、どちらの解釈であれ、画一的なやり方では難しいです。
・「簡潔な表現」が好きな人/必要な状況
・長文になってでも「きちんとした説明」が必要な人/必要な場面
・しつこいくらいにしっかりと説明しなければ相手に伝わらない場面
など、相手に合わせて、また状況に応じて対応を変える必要があるのではないかと感じています。
自分では良かれと思って文章を書いたり、言葉で伝えたりしている場合、「相手がどう感じているか」「正しく伝わっているか」は分からないことがあります。
そんなときは相手のリアクションに目を向けておくとヒントが得られるかもしれません。
・結局何が言いたいの?結論は?
・長くてよく分からないんだけど?
なんていう反応がかえってきたり、
・言いたいことが伝わっていなかった。
・お互いの理解が違っていた。
ということが起こる場合には、言葉や文章の量や質を見直す必要がありそうです。
相手の行動や考え方を変えるよりは、自分の対応を見直すほうが簡単です。
「辞は達するのみ」を「相手」「場面」もふまえて意識することで、「こんなはずじゃなかった」というミスコミュニケーションを防ぐことができるのではないかと思います。
【編集後記】
やりたいこと、やらなければいけないことが盛りだくさんです。
やることが無いよりははるかに良いのですが、もう少しじっくりと考える時間を作らなければ。。。
【昨日の1日1新】
*「1日1新」とは→詳細はこちら
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